1927年の創業から現在まで、平野晒工場の歩みをご紹介します
名古屋市北区で生まれ、96年以上にわたって伝統の和晒製法を守り続けてきた平野晒工場の歴史です。 小さくとも誠実に、職人たちの手で紡いできた物語をご覧ください。
愛知県名古屋市北区福徳町にて、綿布漂白業として創業。 江戸時代から伝わる大釜製法を守り、地域の繊維産業を支え始める。 当時、名古屋周辺には多くの機織り工場があり、 和晒の需要は旺盛だった。
高さ8メートルの柱を備えた大型天日乾燥場が完成。 乾燥機を一切使わない、自然乾燥による仕上げの体制が整う。 生地にテンションをかけない独自の干し方が、 他社とは一線を画す仕上がりを生み出す礎となった。
創業から90年の節目に、三代目・平野茂巳が代表取締役に就任。 「伝統の和晒を世界へ」を掲げ、国内外への情報発信を強化。 和晒加工業者が年々減少するなか、伝統技術の継承と 新たな販路開拓を積極的に推進し始める。
「和晒を後世に残していきたい。和晒のいいところを再度確認していただきたい」
— 三代目代表取締役 平野 茂巳
和晒の現状と弊社の取り組みが繊研新聞(2021年8月15日付)に取り上げられる。 和晒の価値と存在意義を広く発信するきっかけとなり、 新たなお取引先からのお問い合わせもいただくようになる。
従業員4名の小さな工場から、国内外の取引先へ本物の和晒を届け続ける。 後継者育成と新たな販路開拓を進めながら、 江戸時代から続く和晒文化の継承に取り組んでいます。